捨てるくらいなら書くからさ

140字では終われない

人生を変えた1日から今日までの話

2015年5月13日。

わたしのジャニヲタ人生を一気に変えてしまった日です。

この日はわたしにとって忘れることのできない1日です。

 

昨年同日、

前々職場のジャニオタ仲間からチケットが余っているので行かないかと誘われた、ジャニーズWEST 1st コンサートツアー パリピポ。これの大阪城ホール公演に参加したことがすべての始まりでした。このライヴがきっかけで、わたしは約10年追い続けてきた関ジャニ∞というグループを昨年10月に、所謂担当降りし、ジャニーズWESTというグループを応援することにしたのです。すごく今更ですが、自分の記録の為に、ブログに記したいと思い、PCを立ち上げました。長くなると思われますし多分おもしろくもなんともないと思うので、引き返される方は今のうちにどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで見てきたジャニーズと全然違う斬新なスタイルだった関ジャニ∞というグループが、わたしは「好きやねん、大阪」発表あたりから大好きで、熱量の上がり下がりはありましたが、8周年あたりまでは本当に純粋にずっと応援し続けてきました。好きになり始めた頃は、自担という概念もなく、グループとして関ジャニ∞が好きで、誰が一番好きとかいうのはありませんでした。しかし2007年、47ツアーあたりで丸山隆平に完全に陥落。何がきっかけだったかはもう覚えてませんが、とにかく彼のすべてに惹かれ、めでたく自担というものが初めてできて、この人を応援したい…!という一心でずっとずっと見守ってきました。

 

関ジャニ∞が好きなんです~」

「あ~関西の子らね~~誰が好きなの?」

丸山隆平くん」

「…?」

 

なんて日常茶飯事でした。

他メンバーに比べたら仕事も少なくて正直わたし自身しんどい時期もありました。でもわたしはやっぱり丸山隆平という一人の人間が好きだったし、何より、関ジャニ∞というグループの中で楽しそうに笑っている丸山隆平を観ているのが純粋に楽しかったし、まるちゃんを見て笑っているメンバーを見るのも本当に大好きでした。他のメンバーより個人仕事が少なくても、この人がこのグループの中にいて輝いて必要とされていればそれでよかったし、関ジャニ∞というグループ自体が好きで関ジャニ∞のライブが好きだったから、1年に1回は彼らのライブではっちゃけて彼らが楽しそうにしている姿を見てこちらもハッピー!って感じになれればそれでよかったんです。

 

それがいつからか…なんかしんどくなってきたんです。

きっかけは8周年目だったかなあ。

行く予定をしていた野外ライブが中止になって、まあそれは天災なので誰のせいでもないししょうがないことだとは思ってたんですけど、その延長として行われた8ESTツアーオーラスで、最後の挨拶をメンバーが一人一人話していたときに、突然なんとも言いようのないしんどさを感じてしまいました。わたしはただ楽しく彼らを見ていたかっただけなのに。8周年めでたい!9年目からもがんばれよー!って言いたかったのに。

安田さんの挨拶がすごく良い挨拶だったのは覚えてます。自分がそれにガン泣きしたことも。

でも何故かとてもしんどく感じてしまったんですよねわたしは。これからも応援するぞー!って当時mixiかなんかの日記にも書いたと思うんですけど、すごく無理してる文章だったと思います(笑)

多分、その頃にはもう、「関ジャニ∞が好きな自分」ではなくて「関ジャニ∞を好きでいたい自分」になってしまっていたんですよね。でもその頃には自覚症状というものはありませんでした。

そんな中、ヨコが突然レコメンを卒業しました。ずっとそこにあったものが突然なくなるという経験を初めて味わって、大好きな自担がその後のパーソナリティを務めることになったのに素直に喜べませんでした。でも自担だし応援したいし…って悶々考えていたら「まるちゃんのことは嫌いじゃないけどヨコヒナレコメンがなくなるのはな~~」って自担が色々言われだす風潮になり出し、とてつもなく悲しくてしんどくなってしまいました。でも自分もヨコヒナレコメンが大好きだったから、どう受け容れていいかわからないし感情ぐっちゃぐちゃになって、実は現在のツイッターのジャニ垢は2つ目なんですけど、前作っていたジャニ垢を削除して、一度エイトから離れました。だからかもしれませんが、9年目、JUKE BOXツアーのチケットが全滅しても、何か特に何も感じなかったというか、「あ~外れちゃったかあ…」くらいでした。今まで行きたい日程のチケットがとれなかったら必死こいてチケット探してたのに。それに、その時期は当時別ジャンルにお熱だったこともあり、本当に本当に感情が希薄になってしまっていました。

 

それでもやっぱり関ジャニ∞をまた応援したいなと思えたのは十祭でした。

ただただ楽しくて、ランキングには正直「?」となったりもしていましたが、「これよこれよわたしが好きな関ジャニ∞はこれよー!」と、勝手に帰ってきたぜ感を味わって、初めて関ジャニ∞のライブに連れて来た心友も楽しんでくれて本当にうれしくて、最後のヨコの挨拶にはボロボロ泣いてしまったりで、やっぱりわたしは関ジャニ∞が好きなんじゃコノヤロー!応援するぜー!という気持ちになったのですが、その秋、突然のテイチクさんとの別れ。ヨコヒナレコメンがなくなってしまったときとまた同じ感情がフラッシュバックして何が起こったのか本当に理解できなくて…、それでも自主レーベルだし、彼らに入るマネーは増えるんだよね?(笑)と勝手に考えて、というか、納得しようとして、「大丈夫大丈夫」と自分に言い聞かせました。

そして臨んだ同年ツアーの「関ジャニズム」。

わたしはまた言いようのないしんどさを感じてしまったのです。

もちろん楽しかったです。楽しかったんですけど、「果たしてこれは10周年のツアーだったのか?」という疑問にぶち当たってしまいました。これも勝手になんですけどね。もちろん、懐かしい曲のコーナーもありましたし、夏に十祭という単発ライブもありましたし、別にこのツアーを10周年仕様にしなくともよかったと思うし、今の関ジャニ∞を楽しめ!これが「関ジャニズム」だ!というツアーだったのも解ってます。でも、何故か不完全燃焼になってしまった。恐らく、なんの説明もなくヨコヒナレコメン終了→テイチクとの別れを経た関ジャニ∞への勝手なわたしの不信感からかもしれません。ライブは楽しかったのに、心の底から「楽しかった」とは言えなかったんです。ここで初めてわたしは、前述した「関ジャニ∞を好きでいたい自分」の片鱗を自覚してしまったのです。

しかし、自分が何年も見てきたグループを今更離れるなんてできない…。というか担降りってなんだ?そんな裏切り行為わたしにはできない…!そんな考え方だったので、しんどいのは自分が勝手にそう思っている今だけで、きっとまた楽しい出来事が起こってくれるに違いないから、それまで待とう!そんな気持ちでいました。

 

そんな中、運命の日はやってきたのです。

 

それが2015年5月13日。

 

2010年頃から姉と妹がずっと関ジュ漬けだったので、彼らのことを横目ではずっと見てきました。少クラをずっと観ていたこともあったので、のめり込むことはなかったけれども、あのカウントダウンもそれなりに複雑な気持ちでは観ていました。その後7人でデビューすることになったときも「へえそうなんだ!よかったねえ!」とハピくる観てて拍手はしていましたが、そのときはまだ関ジャニ∞の存在も自分の中でありましたし、その後もずっとジャニーズWESTのことは横目で見ている程度だったので、まあ関西の後輩ちゃんたちがどんな感じなのか偵察程度に参戦する予定だったんです。

 

ところがどっこい。

 

コンサートが始まってから終わるまで「楽しい」しか感じなくて、終わった後もずっとずっと彼らのことしか考えられなくなっていました。「しんどさ」なんかちっともなくて、楽しさと充実感でいっぱいになっていました。うまく表現できないのがもどかしいのですが、当時あそこまで充実感を味わえたライブがわたしの中では久々すぎて、何も考えずただただ楽しい時間を過ごせたことが本当に幸せで…。

しかも、コンサート中、それまで眼中になかった“桐山照史”という人物に「あ、この子好き」と完全に堕ちてしまって(何故いつどのタイミングで堕ちたかは過去のaskでお答えしているので割愛しますが)、気付いたら、終わった後なのに団扇を買っていました。(※この際、ついでに中間淳太くんの団扇も買いました。というのも、関ジュ時代横目で見ていたときもB.A.D.が個人的に好きだったから)

この楽しさが忘れられなくて、チケットがないのに「6月の神戸公演行きたくない?」と、当時まだ相方になる前の相方と探り探りのLINEのやり取りをし(※今だから言えるけど当時はそこまで仲良しってわけではなかったし全然遊んだりもしてなかった。笑)、必死こいてチケットを探し、良いご縁に恵まれて神戸公演に参加。

 

やっぱり「楽しい」しかなかったんですよね。

 

終わってからも、「早く会いたいな~♪次はいつ会えるんだろ~♪なんかよくわからないけどDVD出るよね~(なにとも)♪はあ~~~次のツアーが楽しみだなあ~ルンルン~♪」桐山照史くんを見るたびに、「はああああ可愛い~~~かっこいい~~~~♪」なにわぶ誌読みながら「照史くんたまらん好き~~~♡」ともう胸がキュンキュンと締め付けられるようないう気持ちになっていました。完全に恋する乙女()。

そんな日々が続いていたある日、わたしは「ハッ…」となりました。

 

わたし、関ジャニ∞に対して最近こんなルンルンキュンキュンしてたっけ…、と。

シングルが出るとなったら「あ、買わなきゃ」。

アルバムが出るとなったら「あ、買わなきゃ」。

ライブやるとなったら「あ、行かなきゃ」。

 

ここでようやく、最近の自分が「関ジャニ∞を好きでいたい自分」だということが完全に分かったのです。

それと同時に、シングルを買うことで、アルバムを買うことで、ライブに行くことで、勝手に「好き」なのだと思い込み、それが、好きでいたいから無理しているのだと思いたくなかった自分をやっと受け容れることができたのです。

 

その結論に行き着くまでには随分かかりました。

以前にあげたブログを今自分で読んでいてもわかりますが、昨年6月にあげた記事なんか、もうファンとしてかなり迷走してますね(笑)

8月のリサイタルの記事なんか…もうほぼ愚痴ですね。酷いもんです。(笑)

それでもやっぱり10年近く応援してきたグループを降りるなんてことできなかったんですね。

 

完全に担降り宣言をしたのは、2015年10月中旬。

日付までは覚えていませんが、自分の誕生日までには結論を出そうと自分の中で勝手に期限を決めて、WESTが夏現場なかったこともあり、現相方とずっとずっとファミレスで話し合って(※相方もeighterでした。わたしよりももっと重症の。笑)、ひどいときは9時間近くファミレスにいてずっと話し込んでいたこともありました。(笑)

このまましんどい思いを勝手にし続けるのは、精神的にもよくないし、関ジャニ∞の話のグループの先行きを楽しく話し合えない時点でもうわたしは自分の“eighter”という概念の中では“eighter”ではないのだな、と。

だからわたしは“降りる”という選択をしました。このまま意地だけで追うのはあまりにもしんどすぎると感じたから。

 

十祭に連れて行って、エイト沼に落とすだけ落としてさよならしてしまった心友には泣かれたし、誕生日に彼女からもらった手紙を読んでわたしも泣いてしまったけど、彼女との関係は関ジャニ∞だけで繋がってたわけではないし、関ジャニ∞を好きになってくれて日々沼にずぶずぶ沈んでいく彼女を観ていてわたしはそれだけで楽しかったし、逆にこんなわたしがいても水を差すようなことしか言わないだろうから、そうなるくらいなら降りた方がいいなと思ったこともひとつ要因としてはあります。逃げにしか聞こえないかもしれないし、それだけじゃないですけどね。でもやっぱり、大半の人がそうだと思いますけど、わたしの中で“友達”って本当に大事にしたいし、ジャニオタを楽しくやる以前の問題だから、そんな友人をわたしが意地だけで追ってるグループに発することばで傷つけたくないっていう思いもありました。「そんなんただの言い訳だろ」って言われるかもしれませんけどね。わたしの考え方はそうなってしまっているので仕方ないです。

 

そして25歳になるまでに担降りを決意してしばらく後の10月25日。

これはジャニーズWESTを真剣にこれからも応援していこうと決めた日。

 

わかりやすく説明すると、

2015年5月13日~10月24日までは結婚を前提としたお付き合いで、

10月25日が結婚記念日って感じです。(笑)

付き合ってから半年以内で結婚決めたから結構スピード婚ですね!(?)

 

記憶に新しいと思いますが、そうです、この日は大阪マラソンの日。

 

 

相当楽しみにしていたのが窺えますね。んで終わった後の感想↓


 

 

 

もう完全に結婚してるわ。(一方的)

とりあえず今後何があるかはわからないけれども、今のところ楽しい結婚生活は続いておりますので、まだまだ新婚生活ではありますが、わたしはこれからもジャニーズWESTを応援していきます。もしかしたらまた悩んで苦しむことがあるかもしれないけれども、我らがブレイン、中間淳太さんがおっしゃってた「幸せにします」ということばを信じて、追い続けていけたらなと思います。

 

ただ、関ジャニ∞を降りたからといって、彼らのことを嫌いになったわけではなく、今でも好きです。やっぱり、約10年追ってきた過去ってのは今のわたしを築いた礎になっているわけですし、彼らが今でも特別な存在であることには変わりないです。

また、わたしが初めて「自担」として応援し続けていた丸山隆平くんも、関ジャニ∞を降りた後も、彼の担当だけは降りない!と思ってましたけど、まあグループを降りる=所属メンバーの担当も降りるってわたしは捉えているので、自然担降りみたいな感じになりましたが、彼の日記を読むと、「ああ~~やっぱり好きだなあ…」って思います。今や「丸山隆平」と言えば世間の大半が「ああ!あの子ね!」という反応を返してくれるようになって…好きになった頃とはえらい違いの彼の躍進ぶりを見ていて本当に嬉しい限りです。

わたしはそんな彼の姿をこれからはそっと陰から見守るだけにして、今は、ときめきや元気や癒しや幸せを与えてくれて、今のわたしの明日への原動力となっていることば「同じ景色を見てくれる?」と聞いてくれた彼、「辛いことなんて絶対ある、俺らにもある、でも俺らがんばるから、みんなもがんばれ!絶対がんばれよ!(ニュアンスですみません)」と言ってくれた彼、“桐山照史”くんを、これからも応援していきたいと思っています。照史くんの好きなところはそのことばに詰まっているかなあ…。勿論もっともっと事細かに言えばたくさんあるのですけどね!それはツイッターで常にギャーギャー言うてますのでここでは割愛。(笑)

 

総括すると、

関ジャニ∞ジャニーズWESTも、

見守り態勢の元自担も、

今応援したい現自担も、

本当に大好きだしわたしの太陽であることには変わりないです。

 

そして、関ジャニ∞を降りても尚仲良くしてくれている心友、連絡取り合うことは少なくなったけれども、降りた後もエイトのライブ(元気魂)一緒に入って「嶋ちゃんと入るのやっぱり楽しい!」と言ってくれたeighterの友人、WESTを好きになってから出会ったたくさんの…こんなわたしと話してくれているジャス民の友人のみなさんフォロワーさん、そして相方…みんなみんなわたしにとっては太陽のような存在です。なので、不束者ですが、これからも末永くよろしくお願いします。(重)

 

以上、関ジャニ∞からジャニーズWESTに降りるまでの他人からしたら本当にどうでもいいわたしの軌跡でした。ここまで読んでくださったそこのあなた!本当にありがとうございました!好きだよ!←

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